先日、とある研修で参加者のリーダーがこう言い放ちました。
「僕は、部下は信じませんから」
「というか、僕は、人を信じていませんから」
あらら…。
これまでの人生の中で、何があったのわかりませんが、
その強い語気で言い放っている姿を、
もし、部下が見ていたらどう思うでしょうかね…。
気持ちは、なんとなくわかります。
「約束していたのに、守ったためしがない。
これでも、奴を信じろ、というのかい?」
はい。
それは、なかなか難しいですよね。
確かに、こういった場合、信じることはできませんし、
こういう部下ばかり、もしくは、こういう人ばかりと出会ってきたのならば、
先ほどの言葉も、わからないでもありません。
しかし、ちょっと、冷静に考えましょうか。
「信じる」ということは、二つの視点があります。
それは、「過去を信じる」ということと、
「未来を信じる」というこの二つ。
過去に関しては、実はあまり人によって「ブレ」はありません。
「約束していたのに、守らない」という過去の実績や行動パターンは
どこをどうとっても信じることはできません。
しかし、「未来を信じる」ということは、
未来に対して期待をかける、ということ。
ここは、人によって、大きく分かれる可能性がでてきます。
先ほどのリーダーは、
「過去、あれだけ約束を守らない奴なんだから、
未来も同じに決まっている。だから、奴には仕事は振れないよ」となるわけです。
つまり、「過去を信じられない」=「未来も信じられない」という構図です。
一方、こういうリーダーもいるわけです。
「過去、確かに約束が守れなかったわけだけど、
未来もずっとそのままとは限らない。
なにか工夫をしていけば、きっと、未来は変わるだろう。
その可能性に、その未来に託してみよう!」という考え方。
もちろん、その未来への期待を裏切られることもあるでしょう。
ただ、そこを条件ぬきで「信じていく力」は、リーダーには必要なのではないでしょうか。
プロフェッショナル「仕事の流儀」で、
「スタジオジブリ」の映画プロデューサー鈴木敏夫さんは、こう語っています。
「自分の<感性>などというものは、一番当てにならないと思っているんですよ」
「自分を信じるよりも、他人を信じよう、という気持ちが強いんですね。
だって、自分の生み出すものなんて、たかがしれていますもの。」
「人間、一人でできることは限られていますからね。
ところが、そこにもう一人加わるだけで、一足す一が二ではなく三になることもあるんです。
それどころか、十になることだってあるでしょう」
「たとえどんな人でも、自分にはかなわないものを持っていますから、
それらを集めていったら、ものすごい力になるはずなんです」
もし、仮に「過去の実績で信じれる」人にしか仕事を任せなかったら、どんどん縮小していくでしょう。
でも、鈴木敏夫さんのような「信じる力」が発揮できたとすれば、
企画から予算調達、アニメーターなどのスタッフ集め、宣伝戦略まで、いわば映画の始まりから終わりまでの
全ての責任を負う総責任者である鈴木さんのもとで1000人が動くわけですが、
その彼らが口々にこう語るそうです。
「気がつくと『祭り』のみこしの担ぎ手にされているんです」と。
まさに鈴木マジック。
スタッフ一人ひとりをやる気にさせて、
持てる力を最大限に引き出し、集結させていくことができるのです。
信じる力、、、それは、
未来への可能性を信じる力、かもしれませんね。
因みに、この力。
筋トレのように、身につけられます。
ですから、冒頭の「部下は信じませんから」なんて言い放つ人は、
運動不足で、たるんだ腹を自分で指さして
「運動すんのめんどくさいっすよねー」
といっているようなもん。
ダサダサっ!!
今日もきっと・・・I・W・D!