『覚悟を決めさせる』

 

「僕はリーダーを降りたほうがいいのではないでしょうか?」

 

これは、私が二十年前、搾り出すように当時の直属の上司に発した言葉です。

前々職のコンサルタント時代。プロジェクトリーダーを何回か経験した後、

責任者としてはじめて大型案件を担当したときのことです。

 

私にとって難易度の高いコンテンツ。

 意思決定のスピードも求められます。

 

プロジェクトメンバーは後輩だけではなく、自分よりも先輩のメンバーが大半。

各人に一家言があり、なかなかいうことを聞いてもらえない。

船出から非常にストレスフルなプロジェクトでした。

 

私の仕切りが少しでも悪いと、不平不満の嵐。

求心力が一気に引いていきます。

 

 「そもそも、このプロジェクトの目的がわからない」

 「この手順ではなく、こういう方法のほうがいい」

 「ソリューションにストーリーがない。もっと一貫性のある軸が必要じゃないか」

 「もっと情報共有していったほうがいい」

 「先方、事務局もやる気があるのか?」

 

皆、心の中に「このままではまずいな・・・」と思っていたとは思います。

しかし、残念ながら、口は出すが誰も手を出さない状態。

 

私は、完全にへこんでいました。

お客様とのことならいざ知らず、社内のマネジメントが

こんなにも大変になるとは思ってもいなかったからです。

 

悩んだ挙句、このプロジェクトオーナーである上司に相談を持ちかけました。

すると、彼はこう言いました。

 

 「おう、中島。ようやく来たか?待ってたぞ。」

 

 まるで全てのことを既にお見通し!の口調。

 この世の終わりのような深刻な顔つきの私を尻目に、軽やかな口調で続けます。

 

「お前、苦戦してんだってな。メンバーから聞いているよ。

 ・・・ってゆーか、お前の顔つきみてればわかるよ。

 『ただいま、苦戦中です!』って、顔に書いてある。」

 

「プロジェクトの目的がわからない、っていうメンバーがいるらしいが、

    残念ながら、人は実に忘れやすい。

 だって、あいつらだって何本もプロジェクトもっているんだから。

 プロジェクトの向かうべき地点を、常に意識してもらうために、

 何回も、何回も、うるせーぐらいに繰り返し伝えないと。

    1回言ったらわかるでしょ?ではない。

 要は、伝わるまで、伝え続けるんだよ。・・・お前、やってるか?」

 

 

 「いや、そこまでは・・・」

 私は、数人のプロジェクトでは出来たことも

 複数人となると意図的に工夫しなければならないことが

 いくつもあることを知りました。

 

 それにしても、このまま自分で務まるのだろうか。

ますます不安に駆られます。

 その瞬間、搾り出すように言った言葉が、冒頭の言葉です。

 

「僕はリーダーを降りたほうがいいのではないでしょうか?」

 

 すると、彼は、低い声で即答しました。

 

「それはだめだ。

   今、逃げたら、逃げ癖がつく。

   だから、絶対に逃げるな。」

 

 そして、矢継ぎ早に、上司は私に問いかけました。

 

「そもそも、今回のプロジェクトの企画書を書いたのは誰だい?」

「その企画書作りに、この世で一番時間と情熱をかけてきたのは、誰だい?」

「このお客様のために尽くしたいと思っているのは、誰だったっけ?」

 

 すべての質問に「僕です」と答えていた私は、

一瞬にして体温が上がりました。

 

「中島。よく聞け。

 このプロジェクトは他の誰でもない。お前がやるしかないんだ。

   失敗したっていいんだ。

 やることやってりゃ、失敗したって、殺されはしねーんだから。

 

   第一、見てみろ。俺は、何十倍も失敗しでかしたって、こうして生きている。

   そんなことより、失敗しないままリーダーになられたら、そのほうが大変だよ!!

 

   それにな、今の修羅場は、残念ながら次からは修羅場じゃなくなるんだぜ・・・

   今回は”何かにぶつかった”から、こんな風にプチ修羅場になった。

   でも、これを乗り越えると、”何が原因だったのか”がわかる。

   そうすると、次からは事前に対処が打てるから、修羅場にはならない。

 

    つまり、今回と同じような修羅場にはもう二度と出会えないんだよ。

    出会うのは今回が”最初で最後”なんだよ。

 

    確かに、中島が今のままでは、この状況は乗り越えられない。

    でも、お前さえ本気で変わる気があれば、こんなもの修羅場でもなんでもない。

    怖いかもしれないけど乗り越えていこうぜ。

 

    それに、乗り越えた先には、これまで見たことのない景色が見れるぜ。

    それができると思ったから、俺は、お前をアサインしたんだ。わかってるだろ?」

 

 

*   *   *

 

 

「覚悟を決めさせる」のがうまいリーダーっていませんか?

 

 難題、トラブル、修羅場を目の前にすると、

 足がくすんでしまう瞬間は誰にもあると思います。

 

 そういった場面に遭遇して、弱音を吐いたり、

 思わず逃げ出したくなったとしても、そのリーダーと話をすると

 視点が変わり、自分の能力を再度信じることができ、

 みるみると温度が上がって、覚悟を決めて一歩踏み出す勇気が湧き上がってくる。

 

 まさに、接触した人に「覚悟を決めさせる」ことを

 ごく自然に実現してしまうリーダー。

 

 私の当時の上司は、まさにそういうリーダーだったのかと思います。

 

 私は、その遺伝子を彼から譲り受けたはず・・・

 あれから二十年たった今、今度は私がリーダーとして

 次のリーダーの「覚悟を決めさせる」番です。

 

さぁ!

今日もきっと・・・I・W・D!